2/22 ティト・キカス(エストニア) ライブレポート

 体が芯から冷えるような寒い二月の朝、彼のCDを車のオーディオへ入れて、キーを回した。静かに振動するエンジン音にそっと寄り添うかのように、冷たい風を一瞬肌に感じたが、それは気のせいで、細くしなやかなヴァイオリンの音が耳をかすめたのだった。
 ループしながら広がっていく音楽で車内が満たされていく。まるで深い森の中に誘い込まれていくようだ。この人はどんな景色を見て育ってきたのだろう。思わず目が離せなくなった風景はどんなものだろう。耳に集中していたはずが、いつの間にか目で聴いているような変な感覚に陥った。聴覚でなく視覚が刺激される。それが、ティト・キカスとの出会いだった。
 朝から雨の予報が出ていたその日、ティト・キカスはたくさんの機材を抱えて新幹線を降りてきた。初来日、昨晩東京公演を終えたばかりの彼は、今日は川西市にあるギャラリーHANAREで、アイリッシュフィドラー功刀丈弘とのダブルコンサート。機材搬入を終えて一息ついてから、ようやく挨拶を交わす。初対面のミュージシャンと交わす挨拶は、初めてセッションする時のような心地よい緊張感がある。その音楽を知っている時は、特にそう。「ああ、丁寧に生きている感じのする人だな。」彼の静かな話し方や心のある笑顔に接して、そう感じた。
 今回のコンサートの情報を聞いた時、これは面白そうだ、とワクワクする気持ちになったのは、功刀丈弘とのダブルコンサートであった点。日本を代表するアイリッシュ・フィドラー功刀丈弘、ギターのげんた、パーカッションの田中良太のトリオ。彼らのステージは一度聴いたら体に刻まれるような圧倒的な力がある。そして、その力強さと同じくらいの繊細さで、心をつかまれる。3人の温度の高い演奏は、エレクトリック・ヴァイオリン一本でギターやパーカッションなどの色々な楽器を表現しながら、その場で録音し、音を重ねていくティト・キカスのスタイルとは対極にあるような印象を受ける。ティト・キカスと功刀丈弘、ふたりのフィドルはどんな風にぶつかり合い、絡み合うのだろう。
 既に雨も本降りとなった夜19時、開演した。前半はティト・キカスのステージ。築200年の日本家屋を改装したというギャラリーの白壁に映像が映し出される。ティトのシンプルなヴァイオリンからはどんどん音が溢れ出し、映像と呼応し合う。こういうスタイルの音楽を初めて聴く人が多かったのではないかと思うが、ギャラリーいっぱいにティトの音楽が広がり、観客が自然に包みこまれていくようだったのは、ティトの内から湧き出るメロディーの美しさ、温かさのせいだろう。私は、あの寒い朝に車内に広がった森の空気を再び感じ、息を深く吸い込んだ。
 後半、功刀丈弘トリオのステージでは、馴染みのあるアイリッシュチューンが美しく、激しく体に響き、観客からは爽快な笑顔が見られた。ミュージシャンと観客が一体となる、誰も孤独な気持ちにはさせない、彼らの演奏には、そういう愛情が溢れている。
 アンコールは、それはもう本当に見事だった。フィドラー二人はまるでやんちゃな男の子のように、フィドルを鳴らす。ティトも本当に楽しそうな笑顔。アイリッシュチューン3曲をたっぷり聴いても、まだまだ「もっと聴きたい!」と思わせられた。

織田優子 Yuko Oda

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